日時:2025年9月12日(金)13:00-16:00
場所:国立情報学研究所 神田サテライトラボ&Zoomミーティング
発表者①:武富有香(ZEN大学)
発表タイトル①:「人文学研究者のスキルセット」を考える
発表概要①:工学系の研究者にとって,大学院における専門性の高い研究は将来の職業選択の選択肢を広げることが多く,自らの専門性を用いた仕事についてのヴィジョンをアカデミアの内外で持ちやすい.一方,人文学の研究者にとっては,その専門性の高さはむしろ選択肢を狭めるとみなされており,「人文学は役に立たない」という言葉を一度も自分ごととして反芻せずに研究を続けられた研究者は稀であろう.
本発表では,「人文学の研究者は専門家の見地をいかに社会に還元し,目指すべき社会の設計に関わっていくべきか」という専門家としての大局的な責務については(非常に重要な問題であるが)直接的には論じない.その代わりに,人文学の研究者が研究分野のディシプリンの中で身につけている実践的な技術をまず具体的に列挙した上で,研究対象(特定の作家や概念)に深く特化した技術を,より汎用性高く用いることのできる粒度で捉え直したときに,これらの技術をどのように記述し直せるかを問い,社会とどのように接続しうるかを考える.さらに,技術の潜在的な適用範囲や限界を正直に列挙することを試み,「なにができるか」だけでなく「なにができないか・不得意か・関心の外側か」について記述することで,より正確に技術や分野の特徴を知る足掛かりにしたい.この試みは「われわれ人文学の研究者は,研究の実践においてなにをどのように行なっているのか」というメタ研究の性質を持つ.
発表者にとって本テーマは,2019年にはじめた国立情報学研究所における共同研究で「人文学の研究者としてデータを見たときに,具体的にどのような作業や分析ができるのか,どのように手を動かし,データに注釈を与え,既存の研究より質の高いものにできるのか」という,いわば「人文学研究者のスキルセット」を極めて実務的なレベルで説明する必要に迫られた経験に端を発している.その後,神田ラボのメンバーの多くが議論に関わり,数年にわたってほぼ網羅的な分野の研究者たちと話をする中でさまざまな視点がみえてきた.今回は文学と哲学研究の技術について話題提供を行う予定である.
発表者②:山本浩司氏(東京大学)
発表タイトル②:Discipline-based skillsと人文社会科学の社会的使命
発表概要②:若年人口の減少がほぼ不可逆的に進み、欧米社会を揺るがしてきたポピュリズムの波も同時に押し寄せている日本社会において、人文社会科学分野の研究者はどのような社会的役割を果たせば良いのだろうか。本発表では、2016年にイギリスから帰国した歴史研究者による一試論と試行錯誤のようすを提示する。特に「歴史家ワークショップ」と東京大学「人文社会科学国際化推進センター」での取り組み、そして学内外の交流から得た知見を統合することで、多様なステークホルダーとの協働のなかで人文社会科学の社会的役割を具現化するための一歩として「discipline-based skills」の言語化が急務であると提言したい。
より具体的には、歴史諸分野の専門家が社会に提供できるdiscipline-based skillsとして次の「TRACEフレームワーク」を提唱する。
We historians are experts with the specialised knowledge to
Trace genealogies, temporality and transformation. As we do so, we pay attention to:
Recurrence vs. idiosyncrasy
Analytic layers & positionality
Complementarity with regard to data analysis
Ethics of interpretation.
本発表では、この暫定的フレームワークの応用と実装に向けた具体的取り組みについても報告し、「サイエンス・コミュニケーション」と比肩すべき人文知のコミュニケーションと応用方法について、学際的視点から議論を深めたい。
日時:2025年9月1日(月)14:00-17:00
場所:国立情報学研究所 神田サテライトラボ&Zoomミーティング
発表者①:中山統文氏(関西学院大学大学院)
発表タイトル①:「黙認から反AI言説へ: 日本ファン文化の規範の変遷」
発表概要①:現代日本のファン文化は、権利者がセーフ/アウトの線引きを曖昧にしか示さない「黙認」関係のもとで成立してきた。ファンたちはこの不安定さの中から、「愛」や「努力」といった情動的価値を物語解釈的に見出し、それを自己の内側で反復・内面化することで、「良識あるファン」として自己を規律し、相対的な安定を得てきた。しかし近年、デジタルプラットフォームの自動管理によって「黙認」の余地が消え、さらに生成AIの登場で「愛」や「努力」の正当性も揺らいだ。その結果、ファンたちがこれまで作り上げてきた文化的規範は根拠を失って自己目的化し、「AIには愛がない」「努力していない」「権利者はAIを規制すべきだ」といった「反AI」言説へと転化している。本研究は、この転化のプロセスを分析することで、メディア文化研究に新たな視点をもたらすことを目的としている。
発表者②:黄滋蕊氏(関西学院大学大学院)
発表タイトル②:「複数空間を生きる中国出身者の空間経験と空間感覚」
発表概要③:本研究は、複数の空間にまたがって生活する中国出身の越境者が、それぞれの空間をどのように経験し、どのように意味づけているのかを出発点とする。さらに、各空間間の関係構造に注目しながら、越境者の生活世界の全体像を描き出すことを目指す。最終的には、物理空間とメディア空間を横断する生活実践を通じて、越境者の自己定位がいかに構築されているのかを明らかにすることが本研究の目的である。本研究では、日本に5年以上居住する中国出身者14名に対して半構造化インタビューを実施し、複数空間に対する認識と具体的実践のパターンを明らかにした。たとえば、中国の物理空間に対しては、「帰りたい」「距離を置きたい」「もはや馴染みのない」といった三つの認識類型が確認された。一方で、日本の物理空間は生活の拠点として定着しているものの、感情的・文化的な一体感は希薄に語られた。中国のメディア空間は、情報収集、関係維持、文化的帰属の支えとして強く機能していたのに対し、中国以外のメディア空間は道具的かつ受動的に利用されていた。これらの空間は互いに参照・干渉し合い、比較や感情の転移を通じて越境者の空間経験全体が構成されている。そして、本研究はこうした空間像と、その空間における自己の位置付けについて考察を行った。
日時:2025年3月24日(月)14:00-17:00
場所:国立情報学研究所 神田サテライトラボ&Zoomミーティング
発表者:佐野泰之氏(高知大学)
発表タイトル:「学際性」の地図を描く
発表概要:「学際的」(interdisciplinary)という言葉は、1920年代半ばのアメリカで社会科学における分野横断的な共同研究を名指すために生み出されたと言われていますが、今日ではさまざまな分野、さらには研究のみならず教育の文脈などでも用いられています。しかし、このように「学際的」――この言葉も新味を失ったのか、最近では「異分野融合」や「共創」や「トランスディシプリナリー」といった表現も見られるようになりましたが――と称される活動が無数に行われ、それらの活動を踏まえて学際的研究・教育の意義や方法が盛んに論じられているにもかかわらず、私たちは果たして学際性について何か共通の知見と呼べるようなものを持っているでしょうか? むしろ、各々に孤立した学際的活動の実践者たちが、互いに参照し合うこともないまま「私(たち)にとっての学際」を語っている、というのが現状ではないでしょうか。本発表では、「学際性」概念の歴史や先行研究をサーヴェイしながら、学際性をめぐる言説が置かれたこのような状況を乗り越える方途を探りたいと思います。
日時:2025年3月0日(月)13:00-17:00
場所:国立情報学研究所 神田サテライトラボ&Zoomミーティング
発表者①:横井祥氏(国立国語研究所)
発表タイトル①:「確率的なオウム」にできること,またそれがなぜできるのかについて
発表概要①:巨大データに潜むパターンを計算機で処理する技術が著しく発展したことをきっかけに、人間の言葉を自在に「読み」また「書く」ことのできる人工知能システムが次々と登場しています。これらのシステムは一体どのような仕組みで動いており、また人間とはどのような点で異なるのでしょうか。本講演では、できるだけ神秘的な側面には立ち入らずに、数理と技術で説明がつく範囲で大規模言語モデルの能力とその機序を、できるだけ直感的に説明したいと思います。また、これらの数理や技術を深めていった先で、ヒトの言語や知性について何がわかり得るのか、また何がわかり得ないのかについて議論できればと思います。
発表者②:栗田和宏氏(名古屋大学)
発表タイトル②:パターンマイニング技術を用いた類似ベクトルマイニングに向けて
発表概要②:昨今の LLM の発展は人々の生活に変化をもたらしている。私自身、LaTexのコーディングや英語のメールのやり取りに LLM を用いており、以前と比べ、これらの作業は非常に楽になった。これほどまでに便利なツールが出てきたため、LLM などの AI ツールの出力が、現実として人間の意思決定に影響を与えるようになっており、AI の出力結果が差別的だとして問題になったこともある。そのため、AI の出力結果に根拠や説明が求められる場合が増えたが、何らかの「根拠」を出力されたところで、それが人間にとって理解や納得できるかは別の問題である。そのため、複数の根拠らしき仮説から納得できる仮説を探す必要がある。この仮説の生成というタスクは古くからデータマイニングやパターンマイニング分野で研究されており、アイテム集合や、グラフ、系列から頻出するパターンを発見する技術は1980年代から様々な研究がある。しかし、私の知る限り、2015年以降これらのデータマイニングやパターンマイニングの研究は下火になっているように感じる。特に、自然言語処理分野では単語をベクトル化し、そのベクトルの中から似たベクトルは似た意味を持つとみなすため、似た単語や似ていない単語のマイニングは扱いやすい問題のように見える。そこで、本講演では、データマイニング分野の古典的な問題である相関ルール分析や頻出アイテム集合マイニングといった理論的に扱いやすい問題を幾つか紹介しつつ、聴講者のみなさまと興味深いベクトルのマイニングについて議論を行いたい。
日時:2025年1月22日(水)13:00-16:00
場所:国立情報学研究所 神田サテライトラボ&Zoomミーティング
発表者:岡田進之介氏(東京大学大学院)
発表タイトル:フィクション鑑賞における感情喚起の研究―英米圏の現代美学の観点から
発表概要:私たちは映画や小説、演劇などのフィクション作品を鑑賞する中で、感情を喚起されることがある。つまり恐ろしいモンスターに悲鳴を上げたり、主人公の勝利に快哉を上げたり、あるいは悪役の悪だくみに怒りを感じたりすることがあるのだ。そしてそのような感情喚起は、作品鑑賞において重要な地位を占めていると言える。発表者はそのようなフィクション鑑賞による感情喚起を、英米圏の現代美学(分析美学)の観点から研究しており、本発表では研究から二つのトピックを呈示する。一つは感情喚起の機序のモデルである。発表者は作品の形式的特徴による内容に対する注意の誘導こそが、感情喚起において本質的な役割を果たしていると論じる。二つ目はフィクション鑑賞における登場人物に対する「共感」と呼ばれる現象である。日常言語における「共感」概念は不明確で混乱したものだが、ベンス・ナナイの「代理経験」概念を中心に据えることでそれを明確化することができるだろう。
日時:2024年11月21日(木)13:00-16:00
場所:国立情報学研究所 神田サテライトラボ&Zoomミーティング
発表者:田中琢真氏(滋賀大学)
発表タイトル:ニューラル言語モデルによる文藝ジャンルの進化解析―和歌を題材として
発表概要:ヒトは文化の動物である。文化の時間発展、すなわち進化を理解するためには、「文化の内挿・外挿は可能か」「文化の時系列はその逆と区別可能か(時間の矢)」「変化を決定するのは何か」「文化産物の影響度の判定は時代を通じて一貫しているか」などの問いに答える必要がある。これらの問いに答えるため、ニューラル言語モデルBERTに和歌コーパスを学習させ、歌の系統樹を構築した。系統樹の親子関係は本歌取り関係と有意な一致を示した。系統樹は時間逆順の系統樹と区別できた。時代の異なる二つの歌集は内挿できたが、外挿できなかった。系統樹上での子の数は学習する歌の範囲を変えてもある程度一貫していた。勅撰集に選ばれた歌は子が増える傾向があった(マタイ効果)。以上の結果は文化がマタイ効果とランダムウォークで進化することを示している。これらの結果を定性的に再現する自己励起的モデルについても議論する。
日時:2024年9月6日(金)
発表者:武梦茹氏(九州大学)
発表タイトル:絵画作品のディスクリプションの構造について考える―近代中国に描かれた女性像を手がかりに
発表概要:絵画作品のディスクリプションとは、モチーフ、表現様式、構図などに着目しながら、絵の中に描かれているイメージを言語化することである。それは、絵の中に直接的に描かれているものを説明することにとどまらず、描かれているものが内包する様々な意味や作者の意図について想像し、自分なりの解釈を組み立てていく作業である。ディスクリプションという行為を通して、私たちが目に見えるイメージから情報を抽出し、取捨選択しながら意味づけをしていくプロセスをいかにして構造化することが可能かについて検討したい。